Research / 研究内容


惑星進化学:太陽系天体の表面地形や内部構造,大気の成り立ちと進化

 太陽系には,地球をはじめとする惑星や,お月さんのような衛星,多くの小惑星など,様々な天体が存在します.それらには,サイズの大小や大気の有る無し,表面地形の規模や種類,内部の構造,構成物質などなど,さまざまな違いがあります.そうした天体間での多様な特徴がどのような過程を経て作られたのかについて主たる興味があり,それらを明らかにすることを目指して,主に理論計算や望遠鏡観測を用いた研究を行っています.研究対象は特定の天体に限定することなく,小惑星から巨大惑星まで興味の向くままに相手を選ばない姿勢を重視している中で,表面が氷に覆われた天体への興味を特に強く持っています.

氷が支配する天体の姿と歴史

 木星や土星などの巨大惑星を回っている衛星のほぼ全てはその表面が氷に覆われています.また冥王星やエリスといった太陽系最外部のカイパーベルト天体も,同じように氷に覆われています.ここでは,これらをまとめて「氷天体」と呼びます.氷天体の表面には様々な地殻変動の痕跡があることが多く,そこには地球上で見慣れた構造もあれば,一見では理解しがたい奇妙な地形も数多く見られます.そうした表情の多彩さに大きな科学的興味を抱いています.具体的には,あまたの亀裂が走り衝突クレータが極めて少ない木星の衛星エウロパ(Europa)や,巨大な地溝帯が刻まれた太陽系最大の衛星ガニメデ(Ganymede),新旧の地質が共存し内部の水が噴出している土星の衛星エンセラダス(Enceladus),そして厚い大気に覆われた表面には流水痕のような地形が見られるタイタン(Titan)などです.さらに,太陽系外縁部の冥王星に対してはアメリカのNew Horizons探査機が接近観測を行い,表面に極めて新しい年代を持つ領域があることや,大規模な地殻変動の跡を発見しています.
 氷天体のこうした多様性が,まさに「氷」の存在によって作られている点に注目しています.この場合の氷とは固体H2Oに限らず,CO2やN2など様々な揮発性物質の固体としての氷が存在します.これらは地球やお月さんの主成分である岩石とは様々な点で大きく異なる熱的・力学的性質を持っており,それによって多彩で独特な現象が生じます.氷が駆動するテクトニクスの産状と,その駆動力となる内部の活動,そして長期的な熱史などを明らかにするためには,氷天体の主たる構成要素である「氷」の役割を理解し,その天体に対する寄与を知ることが必要です.地球との共通点と氷天体固有のシステムとを明確に区別し,その進化を考察することはまさに惑星科学の本質です.多彩な姿を持つ氷天体は,太陽系天体が持つ多様性の原因と意味の理解に迫るための良きサンプルと言えます.

宇宙生命学の現場

 氷天体は生命を宿す環境を持っているかもしれません.例えば木星の衛星であるエウロパは,観測と理論的研究の両面から,内部に液体水の海がある可能性が高いと言われています.また,土星の衛星エンセラダスでは内部から氷の粒子や水蒸気が噴き出ており,多様な有機物も混在していることが分かりました.液体水からなる大規模な物質圏を(現在も)保有している天体が地球以外にも存在し,しかもそれがかなり普遍的である可能性が示されてきています.生命発生を実現する環境やシステムは,宇宙において地球が唯一なのでしょうか.どこに生命がいるか,という地球外生命探しも重要ですが,氷天体の環境と地球での生命誕生の状況とを対比させながら,地球生命の発生と進化の過程が地球外天体においてどこまで適用可能かを考えることが,宇宙生命学(アストロバイオロジー)の本質です [木村・山岸,2017].
 しかしながら氷天体の世界は地球から遠く,情報を得る手段は限定的です.それでも探査機による現地調査としては,1970~80年代のボイジャー(Voyager)計画に始まり,ガリレオ(Galileo)計画,カッシーニ(Cassini)計画,そしてニューホライズンズ(New Horizons)計画へと続いており,氷天体は常に惑星科学における第一級の研究対象であり続けています.そして2023年の打ち上げを目途とした次なる木星圏探査計画ジュース(JUICE)を,欧日の協同体制で開発しています.従来の日本では手の届かなかった氷衛星の世界ですが,国際協力のもとでこの現状を打破しフロンティアへの道が拓かれる状況になりました.地球を学ぶことももちろん大切(惑星科学という研究分野は,あくまで地球科学という学問分野に立脚する,という認識と基礎理解が重要)ですが,外に目を向けることなく,客観的視点を持たずに我が家の概観を描くのは,ことのほか難しいものです.

具体的な研究テーマ

氷天体地下海の安定性・進化

 氷天体の最も大きな科学的魅力のひとつは,表面を覆う氷の内部が融けていて,広大な海(地下海)が隠れて拡がっているかもしれない点です.木星の3大氷衛星であるエウロパやガニメデ,カリストは,その可能性を持つ代表例ですが,本当に地下海が存在するかどうかはまだ分かりません.そこで,地下海の有無を含めた様々な内部構造を仮定した天体内部のモデルを作り,木星からの潮汐力に対する衛星の変形をモデル計算することで,天体の形状変化を測定することによって地下海の有無を見出す手法を開発しました [Kamata, Kimura et al., 2016].同様に,潮汐力による衛星の回転変動(強制秤動など)も地下海の存否に従って変化することが予想されるため,その理論モデルを構築しています.これらは,2023年4月に打ち上げられた木星氷衛星探査機JUICEが2031年の木星圏到着後に行う観測での適用を見据えています [Hoolst, Kimura et al., 2024]
 また,さまざまな氷天体内部の熱的な進化(熱史)を数値モデル化し,地下海の長期的な進化を考察する研究を進めています(例えばエウロパについては [Kimura, 2024],冥王星については [Kamata, Kimura et al., 2019 (プレスリリース); Kimura and Kamata, 2020].他にも,ガニメデ,カリスト,エンセラダス,トリトン,カロン,エリスなど [Sohl, Kimura et al., 2010]).ここで重要なのは,豊富な液体水が存在することだけが地球外生命の存在可能性を意味するものではないという点です(地下海があるか無いかという問題はもはや時代遅れ).生命の発生と進化においては液体(水)の存在だけでなく,そこに様々な有機物などの生命の素材物質が共存し多様な化学進化が進むことが必須です.現在は単なる地下海の有無だけではなく,そのような反応場としての地下海が具体的にどのような構造と組成を持ち,それがどのように時間変化していく(きた)のかを理解するステージにあると言えます.例えば地球での生命発生場の候補地のひとつとされる海底熱水循環場は,氷天体の地下海にも存在するかもしれません [Vance, Kimura et al., 2007].

氷天体のテクトニクスと内部進化

 氷天体のもうひとつの大きな特徴は,外見的・地質学的な多彩さです.氷天体の中には断層や亀裂などの表層活動の跡を示すものが多く,地形の数やスケールは極めて大規模です.例えば木星衛星エウロパでは,暗灰色の帯状の地形が数多く表面を横切っています [Kimura, 2019].木星衛星ガニメデにも,何重もの溝が重なった“しわ”状の構造が見られます.こうした地形は,表面が引っ張りの力を受けることで拡がったことでできたと考えられています.こうした地形は氷衛星に幅広く見られることから,氷衛星にはこのような地形を作り出す何らかの普遍的な現象,例えばかつて衛星全体が膨張するようなイベントがあったと考えられます.
 そのイベントが具体的に何だったのか,活動の原因となる力(応力)の源は何なのかを突き止めることが,氷衛星の進化を紐解く重要なカギになります.そしてこうした活動はまさに氷が持つ性質によってコントロールされているはずであり,地球型天体のテクトニクスとは本質的に異なる,ゆえに興味深い点です.氷天体におけるひとつの大きな力の源は地下海の固化,すなわち液体水から固体氷への状態変化です [Kimura et al., 2007].そうして形成した氷の断層や亀裂が様々に折り重なることで,表面に時代を刻んでいきます.その重なり方を精密に調べることで,表面の地域ごとの新旧や年齢が見えてきます [Bradak, Kimura et al., 2023a; 2023b].
 また,こうした地形を支える氷殻の内部が比較的あたたかい場合は氷の流動性が高まり,活発な対流運動を起こしている可能性があります.こうしたダイナミクスもまた表面に大きな応力を与え得るとともに,内部(地下海など)から物質や熱を表面へと運ぶ重要な役割を果たすかもしれません.数値計算によって氷対流のふるまいを調べ,地形の形成や熱物質輸送に与える影響を考察することが重要です.

望遠鏡観測による氷天体の物質化学的調査

 氷天体の表面には,地殻の主成分である固体のH2Oとともに,多様な物質が共存しています.揮発性物質では例えば,土星系の衛星にはNH3やCH4が,海王星衛星トリトンや冥王星にはさらにN2やCOの存在も確認されています.一方で木星系では,外部由来と思しきCO2くらいしか見つかっていません.こうした様々な揮発性物質の分布を概観すると,第一近似的には揮発性の高い氷ほど太陽から遠い天体に存在しているように見え,太陽系形成時の温度環境や,snowlineと惑星系形成領域との位置関係などを探るカギになるかもしれません.
 また,多くの氷天体は希薄な大気を持っています.例えば木星衛星のイオは火山活動から噴き出した物質を中心とする二酸化硫黄,エウロパやガニメデは表面のH2O氷が解離してできた酸素分子を主成分とする大気です.そうした大気には,主成分に加えて様々な微量成分が存在し,それらが表面や内部(つまりイオならマグマ,エウロパなら地下海)の組成を反映している可能性があります.こうした視点に立ち我々は,北海道大学附属天文台(ピリカ望遠鏡:画像)や,京都産業大学神山天文台(荒木望遠鏡),国立天文台ハワイ観測所(すばる望遠鏡)との共同研究を通して,物質の同定やその時間変化に注目した観測的研究を行っています.木星衛星エウロパではH2Oの噴出現象も報告されていますが本当の存否は怪しいことから,すばる望遠鏡を用いた追観測を行うことによって噴出現象の詳細な活動動態の理解も目指しています [Kimura et al., 2024].こうした観測的アプローチを通して,氷天体における生命の存在可能性へ物質化学的に迫っていきます.
 また,ハッブル宇宙望遠鏡やすばる望遠鏡といった大口径の測器を用いて,惑星の影の中に入った衛星の微弱な光を捉え,惑星の上層大気の情報を引き出す手法を見出しました [Tsumura, Kimura et al., 2014 (プレスリリース)].

氷天体が金属核磁場を出せる条件

 木星系最大にして太陽系最大の衛星ガニメデは,衛星でただひとつ,金属核起源の固有磁場を持っています.これは地球の磁場と同じように,ガニメデ中心の金属核が融けていて対流することによるものと考えられていますが,地震波を解析することによって内部構造を透かし見ることが可能な地球とは異なり,衛星ではそのような手法が使えず,核が融けているかどうかはおろか,核の大きさも良く分かっていません.また,磁場がいつから生じているのかも謎です.そこで,ガニメデの内部構造(金属核の大きさなど)を様々にモデル化し,内部の熱構造を数値シミュレーションしました.内部構造(各層の量比)をパラメタとした系統的解析を行うことで,現在のガニメデが固有磁場を持つために必要な内部構造を,従来の重力場観測に基づく推定よりも狭い範囲で制約することができます.また,現在のガニメデ磁場は最近数億年の間に発生し,地球型惑星のように形成後の早い時期から磁場が発生する進化とは大きく異なる可能性も示唆されます [Kimura et al., 2009].また,ガニメデと同程度の岩石質量を持ちながら金属核起源の磁場を持っていないエウロパがどのように説明できるのかも重要な視点です [Kimura, 2024].

氷天体の表面反射率とその分布の長期変化

 表面を氷で覆われた氷衛星には,氷の高い揮発性がもたらす独特の外見的変化プロセスがあります.例えば土星衛星イアペタスは,公転運動の先行半球の反射率(約 4 %)が後行半球でのそれ(約 60 %)に比べて著しく低いという珍しい特徴を持っています.この明暗二分性は,反射率の低い物質が先行半球に選択的に存在することによって作られています.しかしこの明暗分布は,日射による表面温度の上昇と氷の揮発によって長期的に変化する可能性があります.土星系は,太陽のまわりを公転する間に太陽との距離が最大で約1 AU変化するとともに,土星衛星の公転面(土星の赤道面)が約27度傾いているために,四季が存在します.こうした影響を考慮しながら,日射変化に伴う氷の昇華率や表層物質の存在比の時間変化を数値シミュレーションで調べることで,暗い物質が降り積もった太古の状態を見出し,この暗い物質が何物で,どこから来たのかを考察しています [Kimura et al., 2011].同様のアプローチで,冥王星赤道域の暗い「クジラ模様」の起源に関するモデル計算を行っています.

惑星探査計画への参加と観測機器の開発・校正研究

 2007~2009年度に行われた日本の月周回探査計画「かぐや」プロジェクトに参加し,観測機器運用計画の立案やデータアーカイブシステムの設計・開発などを担当してきました [かぐや(SELENE)通信2008年記事].現在は,小惑星サンプルリターン計画「はやぶさ2」プロジェクトにおけるレーザ高度計(LIDAR)チームに所属し,小惑星RYUGUからのサンプルリターンを果たし,さらなる延長ミッションを行っています [Sugita, Kimura et al., 2019].
 また,欧州宇宙機関(ESA)が大型計画として2023年4月に打ち上げられた「JUICE(JUpiter ICy moons Explorer:木星氷衛星探査機)」へ搭載するレーザ高度計(GALA: GAnymede Laser Altimeter)の,欧州側と日本側の両開発チームに所属し,打ち上げまでの機器開発や科学検討を担当したほか,2031年の木星圏到着に向けた観測計画の立案や科学目標の精緻化を進めています [Kimura et al., 2019].レーザ高度計は今や固体天体探査における基礎的な機器になりましたが,氷天体へ用いるのはJUICE/GALAが世界で初めての試みとなります.これによって,木星氷衛星の表面起伏や潮汐応答の測定を行います [日本惑星科学会誌「遊星人」2013年9月号でのJUICEミッション紹介記事,2020年9月号でのGALA紹介記事,および打ち上げ成功直後2023年12月号でのGALA初期チェック報告記事].

氷天体での物質化学進化

 衛星エウロパをはじめ,カリストやエンセラダス,トリトンなど,内部に液体の海を持つ可能性が示唆される天体が数多く出てきています.海を持つということはすなわち,地球とのアナロジーから考えて生命発生のための重要な条件のひとつを備えていることになります.氷天体の海における圧力や重力,物質環境,流れのダイナミクスなどの視点で地球海洋環境との対比を行い,地球外生命の発生に関する示唆を得ることは,ひとつの究極的な目標です.その視座に経って,氷天体海洋の存続期間や組成変化を理論的に考察する取り組みを,NASA Astrobiology Instituteによって採択された国際協同研究の一環として行いました [Icy Worlds: Astrobiology at the Water-Rock Interface and Beyond].

 また,地球外天体環境における生命発生の可能性をより具体的に議論するために,生体の最も基本的な構成物質のひとつであるアミノ酸が地球外天体環境においてどのような進化を経るかについて,主に熱力学的計算を行うことで考察しています.例えば,グリシンなどの単体アミノ酸の脱水縮合反応に関する自由エネルギーの計算から,氷衛星表層のような極低温(120K以下)環境においてはその反応が自発的に起こりえることを見出しました.また,アデニンなどの塩基と糖からヌクレオシドを生成する反応も同様に発生し得ることが分かりました.これらはまだエネルギー論だけに基づく示唆ですが,アミノ酸からタンパク質,ヌクレオシドからRNA/DNAを生成し,生体が代謝や複製などの機能を有するために必要な最初の一歩が,非生物的過程の中に存在する可能性を示すものです [Kimura and Kitadai, 2015].

太陽系外惑星の理解へ向けた観測的示唆

 太陽系の外では,いわゆる系外惑星が続々と見つかっています.宇宙生命学の視点では,系外(固体)惑星の大気や表層環境の詳細を調べて生命居住可能性を見出すことが,今後の重要な目標です.極めて多様な天体の大気・表層環境を想像し,そこでの生命の存在可能性を含めた表面の状態を考察するためには,まず太陽系の天体が持つ多様性が重要な橋頭堡となります.月や火星,ガリレオ衛星など既知の太陽系内固体天体を用いて,これらの点源としての天体光の観測的特徴をシミュレートしています.例えば,表面組成の違いや大気中のダスト分布などによる表面反射率の非一様性は,自身の自転に伴って天体光の変動を引き起こします.すなわち「太陽系を外から見たらどう見えるか」の視点で系外惑星に思いを馳せ,議論を進めています [Fujii, Kimura et al., 2014].

その他さまざまな共同研究

 他大学や研究機関との共同研究として様々な課題に取り組んでいます.月周回衛星「かぐや」の画像・分光データを用いた様々な月面地形の年代推定 [Morota, Kimura et al., 2009] や,それにもとづく月の進化履歴(特に溶岩流の年代決定)の解明を行い [Morota, Kimura et al., 2009; 2011a; 2011b; Hareyama, Kimura et al., 2019],氷衛星との対比を行いながら太陽系衛星全体の進化史の違いを明らかにしようとしています.また,氷衛星表面物質のプラズマ風化による変成作用を明らかにする実験的研究を進め,惑星の磁気圏にさらされる衛星表面においてどのような物質が作られ壊されるのかといった化学進化の描像を作り上げようとしています [Kimura, Kimura et al., 2023].

 日本惑星科学会の主導で2010-15年にかけて行われた日本の惑星探査の長期的展望の検討である「月惑星探査の来る10年」では,第一段階「トップサイエンス抽出」(木星型惑星氷衛星系外惑星パネル.pdf)の作業にあたったほか,土星衛星エンセラダスのプリューム物質を探る化学・生命探査ミッション(土星衛星エンセラダスのプリューム物質の化学・生命探査.pdf)の検討の提案を行いました.